30 酔っ払いとおもてなし
(駅員) お客さん お客さん 起きて下さい もう直ぐ終電車が来ますよ 終電ですよ
(お客) う~~ん うるさいな~ 終電が何だよ 終電の次は始発が来るんでしょ それでいいじゃん ウイ~~
(駅員) ここは駅のホームですよ ホームでの寝泊まりは禁止です 終電に乗り遅れたら改札の外に出てもらいますけど それでもいいですか?
(お客) ここに寝るためのベンチがあるじゃん 俺はここに寝るからお構いなく 始発の電車が来る頃にコーヒーとデザートを持ってお越しに来てくれたまえ ヒック
(駅員) 何度も言いますがここはホテルではありません ベンチでの飲酒や寝泊まりは禁止です 横に置いてあるお酒も袋にしまって下さい
(お客) 言っちゃなんだけどよ~ 俺はお客様だぜ お客様がベンチに寝ると言ったら直ぐに布団と枕を持って来るのが親切というもんじゃないのかい それが お・も・て・な・し・ってもんでしょ オリンピック招致のアドバルーンだけで終わらせたら世界中から ろ・く・で・な・し・と笑われるぜお兄さんよ ウイ~~
(駅員) その言葉はお客様にぴったりですよ
(お客) なぬ~~??
(駅員) 春とは名ばかりで朝夕は氷点下に成る事もありますからこんなところに寝たら必ず風邪をひくか凍死しますよ ここで死んでもこのベンチの横にお墓は立てられませんよ
♪ ブオ~~ン ♪
(駅員) あっ! 終電車が来ましたよ 電車の明かりが見えてきましたよ 早くお酒とつまみを仕舞って立って下さい
(お客) そうせかせるなよ ウイ~~
(駅員) ああ じれったいな~ 肩を貸しますから早く『よいしょっと』
(お客) 出来ればお姫様だっこがいいな それがお・も・て・な・し・でしょ
(駅員) ろ・く・で・な・し・が何を言ってるんですか ドアが開いたら押し込みますから今度こそ自分の降りる駅を乗り越さないで下さいよ
(お客) お兄さんよ 言っちゃ何だけどよ 俺の降りる駅はここだよ この駅から歩いて5分のところに我が家が有るんだよ ウイ~~ ヒック ヒック
(駅員) アヒ~~ 何がウイ~~ヒックヒックですか それを早言って下さいよ全く それなら何で直ぐに家に帰らないんですか
(お客) 俺も帰るつもりだったけどよ 空を見上げて御覧よ お月様が一人ぼっちで寂しそうにしてるじゃないか ヒック
(駅員) そりゃ~月はいつも一人ですよ 月が五つも六つも有ったら夜も明るくて寝られませんよ
(お客) 情緒が無いねお兄さんは まあ聞きなよ ウイ~~ 俺が『寂しくないかい?』と月に尋ねたら『いいえ』と首を横に振りながら涙をポロリと落としたんだよ それを見たら放って置けなくなってさ かぐや姫の話を聞かせてるうちに俺が寝込んじまったという訳よ
(駅員) そうですか そういえば月にはかぐや姫が住んでるんですよね 今でも元気ですかね
(お客) それが 残念ながらもう死んじまったらしいよ
(駅員) えっ? それでは月で餅を突いてるのは誰ですかね
(お客) 君は何も知らんのかね 月で餅を突いてるのは金太郎だよ
(駅員) へ~~ いつの間に金太郎は月に行っちゃたんだろう
(お客) それが実に不思議な話でよ それを話すと長くなるから今日の処はこれでお仕舞だな
(駅員) ちょっと いいところで止めないでくださいよ 今布団と枕を持ってきますから二人で一緒に寝ながら話の続きを聞かせて下さいよ
(お客) このベンチに二人は無理だよ
(駅員) それならお客さんが下で私が上になって抱き合えばホッカホカの夜を過ごせると思いますよ
(お客) 俺そんな趣味ないぜ 急に酔いが醒めて寒気がしてきたよ それじゃ帰るぜお兄さん
(駅員) 私をお月様と一緒に一人ぼっちにする気ですかお客さん
(お客) 月のことはあんたに頼んだぜ それじゃさらばだお兄さん『お~寒ぶ~』
(駅員) やった~~
おわり