会話のボクシングシリーズ 20 ヤクザと婆さん

20 ヤクザと婆さん

★ 婆さんよ ちょっとどいてくれ

◎ おやっ? 婆さんって私のことかい?

★ あんたしか婆さんは居ないだろ 年末の混雑したスーパーに婆さんなんか来るんじゃねーよ 邪魔になるし危ねーじゃねーか

◎ 邪魔して悪かったね 私が邪魔ならこの寄りかかってるカートを蹴飛ばせば私はゴロンと転がって頭をゴツンと打ってポックリ逝くからそうしておくれ 簡単だよ

★ 俺はそこの棚から酒を取りたいんだよ 死んでくれなんて言ってないぜ 2~3歩横にずれてくれと言ってるんだよ 婆さんがそこに転がって死んだら余計邪魔じゃねーか 

◎ 生きてても邪魔 死んでも邪魔 歩いても邪魔 寝転がっても邪魔 それじゃ私はどうしたらいいんだね ズーズーズー

★ 泣くなよ婆さん 年取ると涙を流さないで鼻水垂らすのかよ 粘っこくてなかなか下に落ちないじゃねーか

◎ あんたシミチョロの子分かね

★ 何だよ そのシミチョロって

◎ あんたシミチョロも知らないのかね 清水の次郎長親分のことだよ スカートの下からチョロッと下着が見えることじゃないよ

★ ・・・・・

◎ あんたの話し方は堅気の話し方じゃないよ 背中で竜の彫り物が大きな口を開けて叫んでるんじゃないのかね

★ な 何で分かるんだよ

◎ 私のお爺ちゃんはシミチョロの子分だったからね 身振り素振り言葉遣いでヤーさんは何となく分かるんだよ

★ 御見それしやした だけどよ婆さん シミチョロの子分のお孫さんでも邪魔なもんは邪魔なんだよな そこを早くどいてくれよ

◎ 私はこの棚から切り餅を取りたいけど高くて届かないからあんた取ってくれないかね そうしたらすぐにどいけあげるよ

★ 面倒くさいな~ 家族はいないのかよ 年寄りを一人で買い物に行かせてよ~ ほら これだろ カートに入れるぜ

◎ あんた優しいね ヤクザにしておくのはもったいないね どうかねヤクザから足を洗ってうちの店で働かないかね

★ あんたの店は何を売ってるんだね

◎ 女性の下着だよ

★ 冗談じゃねーよ そんなところで働いたら背中の竜がパンダになっちまうわい

◎ あんた結構いい男だから あんたが接客すれば若い子なんか穴の開いた下着でも喜んで買うと思うんだけどな~

★ あんたの店じゃ穴の開いた下着も売ってるのかね

◎ 穴は蒸れないように体の熱を逃がすためにわざと開けてあると説明して売ってるよ

★ あんたこそそんなヤクザな商売から足を洗って真っ当な商売したらどうだね そうしなよ お婆あちゃん

◎ あっ! その『お婆あちゃん』という呼び方10年前に家出した孫の武そっくりだよ あんたもしかして武じゃないのかね 声もどこか似てるし・・・

★ 冗談じゃねーよ 俺は健太郎だ 武なんかじゃねーよ

◎ そうかい 残念だね 武はお婆あちゃん子でね お婆あちゃん お婆あちゃんと嬉しそうに呼び掛けてくれたもんだよ

★ お婆あちゃんよ 孫の話はどうでもいいから 早くそこをどいてくれよ 切り餅はカートに入れたじゃないか

◎ はいはい 悪かったね 商売で貯めたタンス預金の一千万を武に会ったらそっくり渡そうと思ってたのに残念だったわ

★ えっ! お婆あちゃん一千万も貯めたの? 俺武だよ 武 ほら見て御覧よ頭のてっぺんから足の先まで全部武だよ 俺だよ 俺 お婆あちゃん 俺が武だよ

 

おわり