会話のボクシングシリーズ 16 針供養

16 針供養

先) お前なんでこの前の忘年会来なかったんだよ

後) 親父の会社で大切な行事が有りまして 親父の後を継ぐことになってる私も欠席する訳にはいかなかったんです すみません

先) 謝ることないけどさ お前の家何やってんだっけ

後) 主に作業衣の縫製で従業員10人未満の零細企業です

先) そ~か~ お前いずれは親父の会社を引き継ぐんだ ところで大切な行事ってどんな行事なんだね

後) 針供養です 縫製中に折れたり曲がったりした針を集めて年に一度供養するんです その日は会社も休みで神主さんを呼んで厳かに行われるんです

先) へ~~ それでどんな供養をするのかな

後) 硬い作業衣を縫うために折れたりした針を柔らかい豆腐に刺して労をねぎらうのです

先) なにっ! ちょと待てよ 針はそれで癒されるかも知れないけどよ豆腐はどうなるんだよ 全身針を突き刺された豆腐の気持ちになってみろよ  たまったもんじゃないぜ

後) 何でそんなにムキになるんですか?

先) 俺んちは豆腐やなんだよ

後) そ そうだったんですか すみません だけど豆腐の気持ちになってみろと言われても豆腐に気持ちはないし・・どうしていいか・・・

先) それじゃ針に気持ちは有るのかよ 無いだろ その針を供養するんだから針供養が終わったら豆腐の供養もやるべきじゃないか そうだろ

後) どうやって豆腐の供養をしたらいいですかね 針を刺した穴を絆創膏で塞ぎましょうか それとも包帯でぐるぐる巻きにしましょうか

先) そんな面倒くさい事しなくていいんだよ 豆腐は食べられるために造られたんだから針供養が終わったら針を抜いて皆で食べればいいのさ それで豆腐の使命は達成されたから成仏出来るというものさ

後) 成程 しかし生のままだとお腹を壊す恐れがありますから鍋物に入れるとかフライパンでいためたりマーボ豆腐にして食べればいいんですね  私の代になったらそうします

先) それもいいけどさ 鍋やフライパンの供養はどうするんだ?

後) えっ? 鍋やフライパンの供養もするんですか?

先) あったりまえだろう

後) だってお鍋やフライパンは未だ死んでませんよ

先) お前 鍋やフライパンのお尻をしみじみ見たことあるのか? 毎日のように火でお尻を焼かれてるもんだから可哀そうに 黒く焦げて細かいひび割れが無数に出来てるんだよ その献身的な努力に報いるためには生前供養こそ究極の供養なんだよ 死んでから供養されるより生きてバッリバリ活躍している時に感謝される方がどれだけ針やお鍋やフライパンが喜ぶか分からないのかね君は それが分からないようじゃ親父さんの仕事を継いでもいい経営者に成れないぞ 

後) はあ

先) はあじゃないよ 家に帰ったらお鍋やフライパンのお尻のひび割れにかかとクリームでも塗ってやれよ

後) はあ 先輩に言われて 何となく針や豆腐やお鍋やフライパンの気持ちが分かるような気がしてきました

先) そうか それは良かった 今度はオムツや便器の気持ちも分かってやれよ

後) ええっ! お言葉ですが 私は彼女の気持ちも未だ分からないんです オムツや便器の気持ちと一緒に彼女の気持ちまで考えたら彼女との関係が臭い関係にならないでしょうか 

先) どっちにしたって男と女の関係はけっこう臭いもんだぜ

後) やっぱりそうですか

先) なんだよ やっぱりって 何か心当たりでもあるのか?

後) はい 彼女と高橋先輩との関係がどうも臭いんです

先) お前には悪いけど あの二人 かなり臭いぜ 目を塞いでも耳を塞いでもあの臭みは消えないな お前の恋も生前供養するんだな 田中

後) せ 先輩 悔しいけどあの二人の臭みには勝てそうにありません お鍋やフライパンと一緒に私の恋も供養することにします

先) そうか 田中 残りの人生 強く生きるんだぞ

後) はい 先輩 ううううううっ

おわり