白髪の王子様の会話ドラマ 時空神社シリーズ 谷風と雷電 ④谷風梶之助

谷風梶之助
(王子)・谷風さんは記録上は4代目の横綱となっておりますが 実質的には初代の横綱と呼ばれているのは何故でしょうか
(谷風)・初代から3代までの横綱には取組の記録もなく生没もはっきりしないことから古い歴史を誇るためのお飾りではないかと秘かに噂されていたのを聞いたことがあるよ
(王子)・有りがちな事ですね 系図を勝手に書き換える武士も多かった時代ですから ところで谷風さんの生涯成績は258勝14敗と本で知りましたがその他に16預・5無 という数字が書かれていたんですが これはいったい何なんですか?
(谷風)・それは行司の権限だから木村庄之助さんに伺ったほうがいいな 木村さんお願いします
(木村)・源頼朝が鎌倉に武家政権を樹立するまでは相撲は天皇の管理下に有り 皇室の大事な年間行事の一つとして取組が行われていたのです その頃の試合は勝ち負けよりも鍛え上げた肉体と肉体のぶつかり合いの醍醐味を好んで観賞したようです 天覧相撲の始まりですね それを幕府が横取りして力士も様々な藩のお抱えとなったことから取り組みも単なる力士と力士の勝負ではなく藩と藩との名誉を掛けた戦いの様相となってしまったのです 皇族と武士との質の違いだね そうなると行司は大変ですよ 自分の判定によっては藩と藩との争い事に発展しかねないのですから そこで差し違えたら切腹する覚悟で短刀を懐に収めて土俵に上がったのです ところが御存知のように判定の難しい取り組みはしばしば起こります その時行司は軍配を真上に上げて引き分けを意味する『無』を宣言して袖の中に軍配を仕舞い込んでしまうことが許されていたのです 
(王子)・ハハハハ それは愉快 今の勝負は無かった事にしようという訳ですね 私達も『この話は聞かなかった事にしてくれ』とか『見なかった事にしよう』等と度々使っておりますがそのルーツは相撲にあったんですね 驚き桃の木山椒の木というか 『あっと驚く為五郎』ですね ところでもう一つの『預』とは何ですか?
(木村)・行司が判定したにもかかわらず物言いがついた時 行司の判断によりその勝敗の判定を取り消して預り相撲とすることです これも改めて判定することは無いので引き分けと同じことになります
(王子)・ハハハハ これは益々愉快ですね 政治家が良く使う『前向きに善処しましょう』と言って何もしない事と同じですね その場を波風立てずに治める窮極の技ですね それからもう一つ伺いたいのですが 谷風さんは100日以上の休みが記録に残っていますが 大病でもなさったのですか?
(谷風)・我々の時代は江戸だけではなく大阪や京都でも盛んに勧進相撲が行われていたんだ むしろ江戸相撲は新参者で大阪や京都の方が格式が高かったと言えるね 我々力士はどの場所にも参加することが出来たからより強い相手を求めて時々大阪や京都で試合をしたんだ その間当然江戸を留守にするから休み扱いとなる訳だ
(王子)・成程 そう言えば雷電さんは大阪でデビューしたと先程聞きましたが
(雷電)・あゝ そうだよ 大阪人はいずれ又秀吉の恩顧が徳川を倒して天下を治めると本気で思っていたから大阪相撲は江戸に負けじと大いに盛り上がっていたよ 京都相撲も格式において大阪や江戸より優るとしてその威厳を誇っていたからそれぞれ優秀な力士が揃っていたよ その証拠に谷風さんも大阪や京都で何度か負けているんだ しかし谷風さんが江戸で63連勝した時は大阪や京都でも負け知らずでそれを加えれば98連勝してるんだ 前人未踏の記録だよ
(王子)・すごいですね〜 そんな大横綱四股名である谷風さんは二代目と聞きますが初代の谷風さんってどんな方だったんですか?
(谷風)・私が産まれる40年程前に大阪相撲で活躍した大関で全盛期には9年間無敗の大記録をのこしているが大阪相撲の記録なので江戸相撲の記録には残ってないんだ その後江戸相撲が盛んに成ってきたことからその谷風の名を風化させないためにと同じ宮城県の出身である私に二代目の谷風の四股名を推挙したようだ
(王子)・名誉ある四股名を頂き よりその名を高めた谷風さんが初代の横綱と呼ばれるのは当然のことだと私も思います この『谷風』という四股名は現在では野球の永久欠番のように『止名』となっているそうですよ
(谷風)・私が死んでからもう222年 ニコニコにあやかってそろそろ3代目の谷風を誕生させてもいいんじゃないかな 地上に戻ったらその旨伝えてくれないか
(王子)・分かりました地上に戻りましたら早速女房に伝えておきます
(雷電)・おいおい 君の女房に伝えても何の役にも立たないじゃないか
(王子)・だって今相撲協会横綱の暴力問題や役員の解任やら立行司のセクハラ問題等でてんてこ舞いなんですよ 其の為天覧試合まで中止となっておりますのでせっかくの谷風さんのご好意も今は耳に届かないと思います そこでこの件は私が行司となりまして『預』とさせていただきます
(雷電)・おいおい それでは先程お主が言った政治家の『前向きに善処しましょう』と同じでぜんぜん期待できないじゃないか
(王子)・ばれましたか さすがは雷電殿です 背丈だけでなくお耳も高い
(雷電)・変な誉め方するな それじゃ木に昇る気にもならんわい
(王子)・木に登るのはパンダのシャンシャンに任せるとしまして 谷風さんは宮城県仙台市の出身だそうですが江戸に出て来てどんな印象を受けましたか? 江戸は世界一の大都市に成りつつあった頃だと思いますが
(谷風)・とにかく人の多いのにはびっくりしたね しかも京都や大阪のような地元意識も強くなく皆んな自由奔放に生きてる感じがしたので気兼ねなく打ち解けることができたよ
(王子)・その打ち解けた相手のなかに見目麗しき女性はおりませんでしたか
(谷風)・ハハハハ 残念ながらうら若き女性は私を見るなり皆んな逃げ出してしまったよ しかし稽古場で我々をスケッチする一風変わった若者と仲良くなったんだがとにかく話す内容が多技に渡り一晩話しても飽きないんだな 変人というか奇人というか江戸でしか出会えない人物だったね 私が谷風と改名した年に彼はエレキテルを完成させたと自慢していたよ
(王子)・それって平賀源内ですよ 画家であり 研究家であり 医者であり 蘭学者であり 事業家でありと数えきれない程の肩書をもつ興味深い人物です 
(雷電)・あの変人がそんな有名人とは思わなかったな だってさ屁にも品の有る屁と下品な屁があって
上品な屁の音はこうで 下品な屁の音はこうだと実際に俺達の前でブープーやらかすんだから参っちゃったよ
(王子)・ハハハ 平賀源内はそれを『放屁論』として真面目に出版してるんですから驚きですね
(木村)・天下が統一されて戦が無くなれば貧しくとも庶民の心にゆとりが出来たほんの一例でしょうね 私もその屁の音の勝負でどちらが上品の屁か軍配を上げてみたいですね
(谷風)・木村さん それは止めた方がいいですよ 屁は音だけでなく臭いも出るんですから
(木村)・いかんいかん それを忘れていたよ 内の女房は音を出さずに臭いだけ出すんだから
ハハハハ ハハハハ ハハハハ ハハハハ

つづく