白髪の王子様の会話ドラマ 時空神社シリーズ 初代林家三平 ①どうも すみません

①どうも すみません
◎ 三平さんの高座は立ったり座ったり歌い出したりと今迄の落語の伝統を引っ繰り返すようなハチャメチャな異端児としての印象が強いのですが落語協会からのクレームは無かったのですか
☆ さすがに紋付き袴の正装で『よ〜し〜こさん キスさ〜せ〜て〜〜』と歌った時には楽屋にいた長老達は皆ちゃぶ台を引っ繰り返して大騒ぎしたらしいね それが原因で楽屋からはいつの間にかちゃぶ台が消えて鉄筋コンクリートのテーブルに変わってしまいました そのテーブルの足は飛ばされないよう地下30メートルの岩盤に固定されてるそうです
◎ そうですか そのテーブルをどかして掃除する時は地下30メートルの岩盤までパワーショベルで掘り起こさなければなりませんが そのためには楽屋全部を取り壊すことになりますね
☆ あのね君 掃除をする度楽屋を潰すんだったら掃除する意味がないじゃないですか 落語は一人でやるもので 横からの突っ込みはいらないので私の会話にいちいち真面に答えないでいいですよ
◎ 失礼しました ところで三平さんは古典落語はあまり得意ではなかったのですか
☆ 落語の勉強は古典が基本なんですよ 私も師匠からコテンコテンに古典を叩きこまれましたよ
◎ ・・・・・
☆ あのね 今の話が何故面白いか説明しましょうか? 古典とコテンパンのコテンを引っ掛けた駄洒落でして ここで笑ってもらわないと 昨日寝ないで考えた苦労がシャンプーの泡になってしまうんですよ 本当なんですから 大変なんですから 『よ〜し〜こさん キスさせて いいじゃないのさ〜〜』
◎ 三平さん ここは高座じゃありませんからそんなに頑張らないで結構ですよ それに駄洒落の説明をするほど惨めなことはないと思うのですが
☆ どうも すみません 公私混同 支離滅裂 馬鹿丸出しは私の芸の奥義なんですよ 本当なんですから 大変なんですから あなたも体を大切にしてくださいよ
◎ 私の身体のことまで案じていただきまして有難う御座います 楽屋からちゃぶ台を消した三平さんですが 一方では古典落語も大変大事にされたという噂も聞くのですが それは本当ですか
☆ 私は古典が嫌いで諸先輩に逆らって新しいジャンルに挑戦した訳じゃないんですよ しかし古典一辺倒ではお客様に飽きられてしまう 現にお笑いは漫才・コント・漫談・物まね等のブームに押されて影が薄くなっていたんです 江戸時代の『滑稽話し』や『軽口話し』が明治になって話しの末尾に落ちをつける『落とし話し』となり現代の落語に至った300年400年の歴史と伝統は大事だけれどもこの牙城に新風を吹き込みカビやススを取り除こうとしただけなんです 革命でも反乱でもありませんよ むしろ古典の牙城を長持ちさせるために新風を送り込んだだけなんです 風通しの良くない家は早く朽ちると言いますからね 私の息子が林家こぶ平としてデビューした訳は私から古典を伝授された時に殴られたコブを他の弟子が見て『あれじゃコブ平だね』とささやいたことがそのまま芸名となったんですよ そのくらい私は息子に古典をコテンコテンに叩き込んだんです 落語はなんたって古典が基本なんです
◎ そんな三平さんからよくあんな『よ〜し〜子さ〜ん キスさ〜せ〜て〜』なんていう歌が飛び出しましたね あの歌はアドリブでしょ
☆ とんでもない あの歌は作詞が門井八郎先生 作曲が天井正先生という豪華絢爛たるプラチナ作品でレコード大賞の候補もNHKの紅白歌合戦の候補もこちらから断ったという歌謡界伝説の名曲なんですよ 当時私は33歳の遅咲きですがようやく石原裕次郎加山雄三と肩を並べる憧れの歌手デビューができたのです
◎ 失礼ですが誰も三平さんを歌手だとは思っていませんよ だいたいあの歌一曲だけじゃ歌手とは言えないでしょう 肩を並べるなら落語に出て来る『八つあん』か『熊さん』ぐらいがお似合いかと思いますが
☆ あなたは私の落語をあまり聞いていませんね 私のヒット曲には『ヨシコと歩けば・ふりむかないで・旅情のボレロ源平盛衰記聖徳太子の七不思議』等約30曲も有りますよ 今ここで全曲生で披露しましょうか?
◎これは失礼いたしました それだけヒット曲を出せば立派な歌手です きっと落語より歌の方が上手だったんでしょうね
☆ 君っ! それは皮肉かね 落語より上手な歌のレコードがたったの30枚しか売れなかったんですよ それも親戚や弟子に無理やり買わせたのに 
◎ えっ! だって三平さんはヒット曲だと言ったじゃないですか 30枚しか売れなかったらそれはヒット曲じゃなくて沈没曲ですよ 今頃は戦艦大和よりも深く沈み 大王イカと戯れていることでしょう
☆ 何と言われようと私が舞台でこれらの歌を熱唱すれば総てのお客様が餌を食べる時のコイのように大きな口をパクパクさせながら奇声を上げ 髪を振り乱し 目を白黒させ 手足をバタバタさせて喜んでくれましたよ これをヒット曲と言わないで何をヒット曲と言えますか
◎すごいですね まるでエイリアンに襲われた様ですね 昭和の爆笑王と言われただけありますよ 私は王子ですからとてもとても爆笑の王様にはかないません 三平さんのオハコである『どうも すみません』を私から言わせてもらいます 『三平師匠 どうも すみません』
☆ 白髪の王子殿 頭を上げて下さい 私はもう師匠でも昭和の爆笑王でもありません 天国で暮らす平凡にカビの生えた初老の侘しい影の薄いごくありふれた元人間の成れの果てであります
◎ 随分と長い自己紹介だったので初めの方は霞んで見えなくなってしまいました とにかく どうも すみませんでした
☆ いえいえ 郵便ポストが赤いのも電信柱が高いのも皆んな私が悪いのです 本当なんですから 大変なんですから どうも すみません

つづく