白髪の王子様の会話ドラマ 時空神社シリーズ 初代林家三平 ②たいへんなんですから

②たいへんなんですから
◎三平さんの落語は古典を除けばストーリーがなく駄洒落と小話のオンパレードだったような気がしましたが よくネタが切れなかったですね
☆ほんとにもう たいへんなんですから うっかり同じギャグを言おうとすると話の途中でお客様がネタをばらしてしまうんですよ 『初詣に出掛けたら 向こうからお坊さんが二人歩いて来ましてね』とここまで話したところで目の前のお客さんから(おしょうがツー)と落ちを大声で叫ばれて それを聞いた他のお客様がドッと笑ってごらんなさい お客様に笑いを奪われた訳ですから駄洒落の説明をするより惨めですよ 
◎そんな時はどうやって挽回するんですか
☆挽回なんかしませんよ その笑いを利用して口から出まかせのアドリブで対話しちゃうんです『あんた立川談志の回しもんでしょ 私の人気に焼餅焼いてましたからね』とか『昨日久し振りにぐっすり寝たもんで新しいネタ考えるの忘れちゃったんですよ どうもすみません』とか『こんなにお客様が笑ったのは初めてですよ これからも私が途中まで話しをしますから落ちは貴方がそこから叫んでくれませんか』とかね
◎ハハハハ 成程 へたに挽回しようなんて考えないで相手の懐に飛び込んでしまえばいいんですね しかし一つのステージで話す駄洒落や小話等は20や30じゃきかないでしよ 私も笑いながら『馬鹿じゃ出来ないな〜』と思いましたよ
☆今だから話せますがね ネタの多くは親しい友人や飲み仲間から提供されたものなんですよ 持つべきは友ですね 誰も『あのネタは俺が教えたんだぜ』なんて陰口を言う人は一人もいなかったですよ
◎それじゃ『ゆうべ寝ないで考えたんですから』という台詞は嘘じゃないですか
☆嘘じゃないですよ 私が寝ないで考えたとは一言もいってませんよ 寝ないで考えたのは友人か飲み仲間だったかも知れませんがね だけどあの頃はメチャクチャ忙しくてほんと毎日2〜3時間しか寝られなかったですよ ですから友人に寝ないで頑張ってもらった訳です
◎ハハハハ 成程 それにしても他人に頼ってばかりはいられませんから寝ても覚めても新ネタを考えていたんじゃないでしょうか
☆産みの苦しみですよ 女性が出産する時の苦しみは我々男には分かりませんが その苦しみもだいたい一日で 赤ちゃんの『おぎゃ〜〜』で終了するけれど我々芸人の産む苦しみは毎日で一年で365人の子供を産むようなもんですからそれは大変ですよ
◎『たいへんなんですから』の口癖はそこから生まれたんですね あのピンクレディーも人気絶頂期には一日平均2〜3時間しか寝る時間がなかったそうですよ それもベットの上ではなく移動中の車の中だったそうです 勿論同行するマネージャーも同じく寝不足でふらふら状態が続いたそうですが そんなある日ピンクレディーが楽屋で着替えようとしたら見せパンツが無いことに気が付きマネージャーに問いただしたところ『御免 忘れた』との衝撃的な答えに二人は青くなって震えたそうです 御存知のようにピンクレディーの衣裳は超ミニですから舞台で足を上げたり両手を上にあげたり腰をよじったりすればパンツがチラッと覗いてしまいます その時のために上に付ける見せパンツがなければ生のパンツを見られる訳ですから17〜8の少女にとっては耐えられない屈辱ですよね
☆それでどうなったんですか
◎取に戻っても舞台に立つのは15分後ですから間に合う訳も無く二人は仕方なく冷や汗をかきながら舞台に立ったそうです 最前列のフアンのなかには『あれっ? きょうはミーちゃんとケイちゃんのパンツの色が違う』と気が付いた幸運な人もいたかも知れませんね
☆忙しいのは芸人にとっての財産ですが 何事も過ぎるのはいけませんね その時は無我夢中で人気に酔いしれていますが気が付けば体も心もボロボロになってしまい現実から逃げだしたくなってしまうんです 
◎そうですか そういえばピンクレディーキャンディーズも普通の女の子に戻りたいと突然の引退でしたね 三平さんが家を飛び出して殆んど戻らなかったのもそのような理由からだったのですか
☆それは違いますよ 私が普通の伯父さんに戻ったってなんの得にもなりませんよ
◎それでは何故家に帰らなかったのですか? 奥さんが怖かったからですか
☆怖くなんか無いですよ 香葉子は優しくてチャーミングだし良く尽くしてくれましたよ
◎それなのに三平さんは家に帰らずお金も入れないので奥さんは内職までして子供を育てたそうじゃないですか
☆『どーも すいません』
◎私に謝れても困りますが奥さんとは仲良くやっていたんですよね
☆そうですよ だから8人もの子供が産まれたんじゃないですか
◎あれっ? 今8人と言いましたよね 私は長女の美どりさに次女の泰葉さん それに長男の林家正蔵さんと二男の二代目林家三平さんの4人しか知りませんが後の4人はどなたですか
☆その4人だけですよ
◎あ〜〜あ 分かりました あとの4人は別の隠れ奥さんに産ませた子で思わずポロッと漏らしてしまったんですね
☆そんなことありませんよ 私が愛した女は妻の香葉子だけですよ
◎愛さなくても子供は生まれますよ
☆あなたもしつこいですね もしかして芸能レポーターですか 天国の穏やかな生活に波風立てないでくれませんか 私が家に帰らなかったのは銀行のせいなんです
◎えっ? 銀行が家に帰るなと脅しをかけたんですか
☆そうじゃなくて 当時は振込制度が普及してなくてサラリーマンも皆んな現金で給料を受け取っていたのは知ってますよね
◎はい 私も頭を下げて月末にお偉いさんから現金の入った給料袋を頂きました 
☆私達は楽屋で出演料を受け取ることが多く そこには飲み仲間や弟子がいるもんですから給料袋を抱えて家に逃げ帰る訳にはいかないんですよ ちょっと一杯とネオンの街に繰り出して夜明けまで飲み明かしてスッカラカンですよ 銀行に預けたとしても銀行は3時にはシャッターを閉めてしまい キャッシュカードも普及してませんでしたから現金を持ち歩かなければ不便でしょうがなかったんですね 懐に現金があれば又ちょっと一杯となる訳です 今考えれば銀行と飲み屋は裏で繋がっていたかも知れませんね
◎スターになれば呼ばなくても向こうから大勢やって来るといいますから付き合いも程々にしないと身体をこわしますよね
勝新太郎水原弘石原裕次郎もそれで早死にしたと思うよ みんな友人を大切にするお人好しでしたからね 
◎そういう三平さんも55歳で天国の住人となった訳ですが悔いはありませんか
☆人生太く長くと願うのは贅沢というものです 私の凝縮された人生は一般の人の100年分は生きたことになるでしょうね それで充分ですよ 生きるってたいへんなんですから 貴方も体を大切にして下さいよ

つづく