白髪の王子様の会話ドラマ 時空神社シリーズ 初代林家三平 ④おかみさんなんですけど

④おかみさんなんですけど
◎ラジオやテレビで三平さんが『よしこさん』を歌ってるのを聞いて私は奥さんの名前がよしこさんだとばかり思ってましたよ
☆どういう訳かそう信じている人が多くいましたね 妻の名は香葉子ですが『香葉子さん』と呼ぶよりは『よしこさん』と呼ぶ方のが歌いやすいし親しみを感じますね
◎この歌について奥様は何か言ってましたか
☆芸については一切口出ししませんが ある日ポツリと一言だけ『私の名前じゃなくて良かった』と庭のスズメに向かって呟いていましたよ
◎そうですか 香葉子さんは明治生まれのご両親に育てられた昭和の肝っ玉母さんそのものですね 三平さんがお金も入れず何ヶ月も家に帰らなくても愚痴を言わず内職をしながら子供達を育てたと聞いてますよ
☆どうもすいません
◎私に謝れても困りますが ずばり浮気をしてたんですね その相手の名前がよしこさんだった訳ですか
☆あなたはテレビドラマの刑事みたいな口調で私を問い詰めますが浮気の一つや二つぐらい誰にだってあるでしょ あなただって奥さん以外の女性に一度や二度ぐらいホノ字になったことあるでしょ
◎それは自慢じゃないですが一度や二度どころか50や60は有りますよ
☆・・・失礼ですがあなたの奥さんはブルドックと比べてどちらが可愛いと思っていますか
◎喧嘩した時はブルドッグの方が・・・おっと危ない 三平さん何を言わせるんですかインタビューしてるのは私の方ですからそこんところ宜しくお願いしますよ
☆時空神社が地上からのお客様を迎える場合には厳正なる審査が有ると聞いてますがよくあなたみたいな人が審査に合格しましたね
◎『あなたみたいな人』とはどういう意味かわかりませんが門番の方にチョコレートを渡してパスモを見せたら簡単に通してくれましたよ
☆天国も緩んできたな〜〜 だからゴキブリまで住むようになってしまって・・・
◎えっ? 天国にゴキブリまで住んでるんですか きっとそのゴキブリさん 生前はご立派な活躍を成されたんでしょうね ところで香葉子さんは笑窪の可愛いチャーミングで優しい奥様じゃないですか 三平さんは幸せもんでしたよ
☆それがですね 香葉子は意外と薄情なところがありまして 同じ天国に住んでいながら未だ一度も私に合いに来ないんですよ
◎ちょっとちょっと三平さん 香葉子さんは未だご健在で死んでなんかいませんよ 益々ご健勝で現在も作家でありエッセイストであり絵本作家であり林家一門事務所の代表取締役として活躍されておりますよ
☆あいつ 三回忌にも七回忌にも『あなた私も直ぐにそちらに行きますからね』と言っておきながら三十三回忌が過ぎても一向に来ないじゃありませんか きっとこの私と会うのがいやで地球にしがみ付いているんですよ
◎ハハハ いいじゃないですか三平さんも散々奥さんには苦労を掛けたんですから
☆あなたに言われる筋合いはありませんが それを言われるとぐうの音も出ませんよ 香葉子は戦争中静岡の親戚に疎開していたんですがその時あの東京大空襲で両親を含む家族6人を亡くしてしまったんです その結果親戚をたらい回しにされたあげく父親の知人に引き取られるという幼くして悲惨な人生を送って来たんです 今思えばそんな幼い頃の悲しさや苦しさや悔しさをもっと聞いてやるべきだったと後悔してますよ
◎奥様はその頃の話はあまりなさらなかったんですか
☆私がお笑いの仕事をしてるもんですからそんな湿っぽい話は芸の邪魔に成ると遠慮してたんでしょうね 弟子も同居してましたからおかみさんとして精一杯明るく勤めていましたよ
◎ウッ ウッ ウッ 涙がこみ上げてきますね
☆あんたに泣かれても困りますね
◎この涙はそんなけなげで優しい奥さんに苦労を掛けた三平さんへの悔し涙ですよ うらめしや〜〜
☆すみませんが天国でお化けの恰好は止めてくれませんか あなたも未だ生きてるんですから
◎ところで そんな素敵な香葉子さんとのキューピッドはどんな切っ掛けで実現したんですか
☆香葉子が孤児となり親戚をたらい回しされたあげく父親の知人に引き取られた話は先程しましたよね
◎はい ろくな親戚じゃありませんね
☆そんな脅える香葉子を優しく抱きしめて『うちの子に成りなさい』と言って迎え入れたのが落語家である三代目の三遊亭金馬師匠だったんですよ
◎えっ? 三代目の金馬師匠といえば読書家で博学で分かり易い落語で一世を風靡した釣り気違いでも有名な師匠ですよね
☆その通りです その釣り気違いの師匠がよく足を運んだのが釣竿の名匠が営む『竿忠』だったんですね 香葉子はその名匠の娘だったんです 家族的な付き合いをしてたので師匠も親戚からも疎まれて悲しそうにしている香葉子を見てほっておけなかったんでしょうね
◎それでなんとなく分かりますね 三平さんのお父さんも落語家でしたから何度か出入りしているうちに香葉子さんを見そめたということですね
☆それはそうなんですが 見そめたのはお袋でして いつの間にか親父を言いくるめて一緒に金馬師匠に合って決めてしまったんですよ ですから私と香葉子は恋愛ではなく親同士が飲み食いしながら勝手に決めてしまった『モグモグタイム婚』なんです 結婚してから香葉子にその話をしたら『そだね〜』と言ってました
◎どこかで聞いたようなフレーズですね ところで奥様は今ではおかみさんとして活躍してますから私も奥様とか香葉子さんと呼ぶのは止めておかみさんと呼ばせて頂きますが三平さんはおかみさんと一緒に釣りに行ったことはありますか
☆それが一度もないんですよ 私はせっかちでマグロのように一日中動き回っていないと息苦しくなるタイプなのでじっとして釣り糸を垂らす釣りは苦手なんです 香葉子も幼い頃金馬師匠に連れられて何度か川釣りに出かけたらしいけど釣り上げられた魚が苦しそうに大きな口を開けてるのを見て気持ち悪くなって誘われても行かなくなってしまったと言ってました
◎そんな心の優しいおかみさんも結局は三平さんに釣られて大きな口を開けて苦労したんですね
☆あのですね 時空神社からの紹介でいらした貴殿だから黙って聞いてますが 私が怒ったら大変なんですから ほんとうなんですから おかみさんも一目置くほど怖いんですから 本当なんですから

つづく