白髪の王子様の好奇心 88 節目の年

節目の年
今年は戦後70年の節目の年だとマスコミが騒いでおります。
終戦、その事よりも終戦に至るまでの悲惨な出来事や、戦後焼け出された人達が住むところも、食べるものもなく地獄さながらの暮らしをしたこと等は、話す人も聞く人もまるでおとぎ話しのような、遠い昔の話になろうとしています。何故なら今、マスコミで報道している人達も、第一線で働いている人も殆んどが戦争を知らない人達ですから。
母に抱かれ、防空壕の中で死にかけた私でさえ、幼くてその苦しみは爪楊枝の先ぐらいにしか記憶にありません。
私達家族は、あの10万人以上の死者と100万人以上の被災者を出した東京大空襲のど真ん中で暮らしていたのです。
私の確かな記憶は、荒川の土手の中腹にあって火災を免れた兵舎に仮住まいした頃からであります。そのオンボロの兵舎は時代劇に出てくる長屋そのもので、板の節目から隣の明かりが見えるので紙切れやぼろきれで塞いでありました。味噌や醤油を借りたり貸したりするのも日常で、水道までも共同です。そこに集まって行われる井戸端会議もテレビで見る時代劇そのままの風景でした。なんの苦しみも知らない私はそんな光景も楽しい思い出として残っております。それはどん底の生活しか知らない子供の強みかもしれません。なにせ生まれた時からどん底でしたから。あるいは、もっと悲惨な生活を送っている人達が周りにはいくらでもいたからかも知れません。
節目など関係なく、毎年この頃になるとタイムスリップしてあの土手に住んでいた頃を思い出します。その度、馬鹿言って笑っている場合じゃないと思うのですが、直ぐに忘れてしまい、芥川賞にも直木賞にも縁のないブログを書いて喜んでいるしまつであります。
今年は戦後に起きた大きな事件や事故、災害の節目の年でもあります。
今月の17日は阪神大震災から20年となります。3月には地下鉄サリン事件から20年、4月はJR福知山線脱線事故から10年、7月には八王子のスーパーで女子高生ら3人が射殺された事件から20を迎えます。更に8月は日航ジャンボ機墜落事故から30年と、10年単位で数えただけでもこんなに多くの悲しい出来事がありました。
こうなると、少しでも嬉しく成るような節目はないものかと探しましたが中々見つかりません。
今年は高校野球が始まって100年目を迎えます。
私の好きなアニメの『オバケのQ太郎』がテレビで放映されたのが50年前です。
当時は街中にオバケのQ太郎の歌が流れていたことを思い出します。
そして、今年の2015年は100年に一度のイチゴの年だそうです。15をイチゴと読ませていますが、イチゴ農家やイチゴ関係の物流関係者の間では盛り上がっているようです。
更には、今年は徳川家康の没後400年に当たるそうです。目出度い話ではありませんが、ちょん髷時代が好きな人は、あちこちで記念の催しものが有るかも知れませんのでアンテナを高くして情報をキャッチして下さい。
皆さんの家庭でも節目の年は沢山あると思います。今年は良い節目の元年となることを願っております。


夕焼けの空を見上げると飛行機雲が升目のように浮かんでいました。