白髪の王子様の会話ドラマ 時空神社シリーズ いかりや長介 ①ドリフターズ

ドリフターズ
◎御免下さい・・・いかりやさんのお宅でしょうか 私は時空神社からの紹介で伺いました白髪の〜
☆はいはいはい お待ちしておりました 白髪の王子様ですね ようこそはるばる地上からこんなむさくるしい処までお越し頂きまして光栄に存じます どうぞどうぞこちらからお入りになって下さいませ
◎これは御丁寧にお出迎え頂きまして恐縮です・・・・あの〜 この赤い敷物は踏んでもよろしいのでしょうか
☆もちろんです 王子様がいらっしゃるなら赤いジュータンでもと思いましたが生憎準備が間に合わず私が若い頃使用していた赤いフンドシを敷かせていただきました どうぞどうぞ遠慮なく踏みしめて下さいませ
◎これはこれは私の為に思い出懐かしい貴重な赤フンを敷いていただくなんて・・・・しかし残念ながら所どころ変色しておりますね
☆はい 当時は海や川の近くにはトイレがなかったもので前から後ろから出る物処構わずフンドシをしたまま用を足しましたものでして・・・ここの黄色く色あせたところが前で この茶色く変色したところが・・
◎はいはい もう結構です 心豊かな思い出話は後で伺うことにいたしましてこちらの椅子に腰かけてもよろしいでしょうか
☆どうぞどうぞ 王子様のためにと今朝程物置から運び出して掃除しておきましたもので
◎それはどうも それでは遠慮なく座らせて頂きます・・・『ブッ ブッ ブッ ブ〜〜〜〜ッ』あれっ??
☆おやおや 王子様も処構わずですか これは愉快愉快ハッハッハッ
◎ちょっと〜いかりや殿 このクッションはブーブークッションじゃないですか・・・も〜う
☆あれっ? 誰がこんないたずらを
◎誰がと言ってもこの部屋にはいかりやさんと私しかいないじゃないですか 言葉使いはやたらと丁寧だけど赤フンの上を歩かせたりブーブークッションに座らせたりととても歓待してるとは思えませんね 私は8時だよ全員集合のメンバーじゃ有りませんよ
☆ハッハッハッ ご最もご最も でも私にとってはこれが最高のおもてなしのつもりなんですよ 心を許した人だけに出来るパホーマンスですからね それに天国に来てからというものいたずらしたくても中々適当な相手が見つからなくてうずうずしてたもんですから そこにアホ面した貴殿が・・ではなくアホな事を言っても笑って許してくれそうな貴殿が来たもんですからつい・・・
◎アホ面で結構ですよ 面だけでなく中身も隅から隅までアホですから
☆またまたご謙遜を ところで天国まで何でこの私を追いかけてきたんですか まさか今更吉永小百合と有名ホテルで夜明けのコーヒーを飲んでいた等と現役時代のゴシップを聞き出して週刊誌に売り込むつもりじゃ無いでしょうね
◎私は芸能レポーターじゃ有りませんからご安心を ところで吉永小百合さんとはそんな親しい仲だったんですか
☆そうよ 誰にも気付かれなかったけど一時一緒に暮らしたこともあるんだよ 彼女は気丈に見えても二人っきりになるとことのほか甘えん坊でね よく俺の膝の上で喉をコロコロ鳴らして寝たもんだよ
◎それって もしかして猫では?
☆そうよ 公園で拾ってきた猫に吉永小百合と名付けて可愛がっていたのさ なんか文句でも有るかい
◎いえいえ文句は有りませんが急に言葉づかいが乱暴になりましたね その方が私も楽ですが ところでドリフターズは元々はコント集団では無くバンドだったんですよね
☆そうとも もぐら叩きのもぐらの様に当時あちこちから顔を出したロカビリーバンドの一つでキャバレーや米軍キャンプ等を回っていたのさ
◎それがどうしてドタバタコントに変身したんですか?
☆急ぎ過ぎたのさ俺達は 洋楽に興味を持った仲間達が4〜5人集まれば直ぐにバンドを結成しては半年もしないうちに解散 そして又別のバンドに加わっては分裂と誰もが地に足が付いてなかったね 所詮アメリカさんのコピーバンドみたいなものだったからね ドリフターズだって俺が3代目のリーダーだぜ その間色々なメンバーが出たり入ったりしたもんで あの坂本九ドリフターズに足跡を残して去って行った一人さ
◎驚きましたね ドリフターズはいかりやさんが結成したとばかり思っていましたよ しかし3代目はヤバイですね だいたい会社でも3代目に潰れると言うじゃないですか よく潰れなかったですね
☆ハッ ハッ ハッ お主の言う通りよ 俺がリーダーに成ったとたん不満分子達が独立して去ってしまい残ったのは俺と加藤の二人っきりに成ってしまった 正に倒産寸前よ
◎たった二人じゃ全員集合は簡単ですが過疎地の案山子みたいにわびしいですね 
☆前のリーダーが個人的オーナーとして解散寸前の俺達の面倒をみてくれたのさ 新しいメンバーを探す時にはもうコミックバンドのビジョンは出来上がっていたよ 迷いはなかったね
クレージーキャッツは一歩先にその路線を突っ走っていたような気がしますが
☆新メンバーが固定したのを見計らって個人オーナーとして俺達を支えていた前リーダーが渡辺プロダクションに俺達を譲ったもんだからクレージーキャッツとは同じ事務所の大先輩と成ったんだ クレージーキャッツはジャズバンドでバンドの実力も相当なもんだったがやはり敗戦のショックが頭から離れない大人には敵国だったアメリカさんの音楽を心から楽しむことが出来なかったんじゃないかな やっぱりバンドだけでは食っていけなかったと思うよ
ドリフターズクレージーキャッツと同じジャンルで活躍することになりましたが競合することなくターゲットを子供に絞ることによって成功しましたね
☆おいおいおい 何で素人のお主にそれがわかるんだね 当時人気絶頂のクレージーキャッツのコントもコント55号のコントも殆んどが成人向けのコントが中心になっていたんだよ 何故ならあの頃はテレビのチャンネル権を親父が握っていたからね ところが高度成長によってそのチャンネル権が親爺から家族に移る事によって夜の8時に成ると寝かされていた子供達も夜の9時10時までテレビを見るようになてきたんだ そこに目を付け大人向けのコントは他のグループに任せ俺達は子供が喜ぶコントに全力を尽くすとメンバーに私の考えを伝えたんだ 
◎成程 8時に寝かされていた子供達の為にあえて8時から始まる全員集合の番組に挑戦したという訳ですね
☆これは20年間寝ないで考えたドリフターズを成功させるための極秘中の極秘だったのにアホ面したお主に簡単に暴露されるとはもぐら叩きで頭をぶん殴られた思いだよ  
コント55号はあれだけ人気があったのに主婦連やPTAから子供の教育上よろしくないという訴えが大きく成り視聴率がガクンと低下してしまったそうですね
☆当時の主婦連やPTAは流行歌の歌詞にまで文句を付けて全学連並みの抗議をしてきたもんだから落語家まで気楽に冗談を言えない時代だったね
◎それにしてはよく『ちょっとだけよ〜』なんてストリップもどきのバックミュージックを流して加藤茶が寝転がって片足のソックスを脱ぐ仕草をして問題にならなかったですね
☆それよ あれこそ清水の舞台から飛び降りるつもりで俺がOKを出したんだ
放映した当日から翌日に掛けて相当なクレームが来るのを俺達も放送局も覚悟していたんだが意外と少なく拍子抜けしたぐらいさ あれは加藤茶の底抜けに明るいイメージに救われたんだろうな 若しこの俺が加藤に代わって『ちょっとだけよ〜ん』なんて片足上げたらアメリカ大統領からもクレームが付いたと思うよ
◎そりゃそうでしょ 私だっていかりやさんが『ちょっとだけよ〜ん』なんてやったらテレビを窓から放り投げますよ
☆そこまで言うかねアホ面が
◎あんた自分の顔を鏡で見たことありますか?そこにこそ正真正銘のアホ面が写っている筈ですよ 唇のむくれたアホ面が・『駄目だ コリャ』のアホ面が・・・

つづく