白髪の王子様の好奇心 19 まぼろしの焼き芋屋さん

まぼろしの焼き芋屋さん
流しの焼き芋屋さんは冬の下町の風物詩である。
ところが、この頃毎年話題になるのが『幻の焼き芋屋さん』である。
『石や〜〜き芋のほやほや〜〜〜』、のんびりした音声にほくそ笑みながら
ドアを開けてキョロキョロ見渡しても姿が見えない。
道路に出て耳を澄ませばスピーカーの声は遙かかなたに消えてゆく。
夢か幻か? ぽつんと残された影に木枯らしが吹いて枯葉がカサカサと笑いながら通り過ぎて行く。こんな時楊枝を加えれば女木枯らし紋次郎である。
『声はするけど姿は見えぬ、ほんにお前は屁のようだ』落語に出てくるこの
言葉は焼き芋屋さんが発祥の源かもしれない。何故なら 芋+消化=屁 の
方程式はアインシュタインの方程式よりずっと以前から世界的に認められて
いたのである。
しかし、この方程式が理解できても幻の焼き芋屋さんの謎は解けない。
チャイムを鳴らして逃げ隠れする子供のいたずらはよく聞くが、それを真似た大人の仕業であろうか? 若し暇を持て余した老人のいたずらだとしたら
老後の生き甲斐としてはあまりにも寂しい。
焼き芋屋さんだって営利を目的にして北風の中をお客様を求めて流している
はずである。それなのに暴走族のようにぶっ飛ばして『焼き芋〜〜』と叫んでも売り上げは絶対にゼロである。
私がにわか探偵として推理した結論を述べてみたい。
石焼き芋屋さんにはそれぞれ自分の縄張りが有り、その地域に近ずくとスピーカーの調子を調整しながら後続の車に迷惑がかからない速度で目的地に向かうのである。
だから財布を持ってドアを開ける頃には屁の匂いすら残っていないのである
私が住む川越のお隣の狭山市で、竿竹売りの軽トラの4〜5台が冬になると
焼き芋屋に変身しているのを見たことが有る。
彼等は自分の担当地域では歩行者よりもゆっくり走り、時々買ってくれる人
の近くでは暫く止まって『ほやほや〜〜〜』のボリュームを上げるのである
幻の焼き芋屋が出没する場所は通過地点で販売エリアの盲点となっている可能性が高い。逆に言えば自分で営業するには良いチャンスかも知れない。
晩秋から初冬にかけての夜長が続くと、こんなどうでもいいような事にまで
真剣に考えてしまう。いっそうのこと、この持て余した時間を有効利用して
私も幻の焼き芋屋としてデビューしてみようかしらん。