白髪の王子様の好奇心 11 一羽二羽三羽

一羽二羽三羽
キリンや象さんの絵が描かれた黄色いバスが走り去り、2組のヤンママと幼い園児が
それぞれ手を繋ぎ歩いて来る。雀の学校ぐらいのプチ公園の隅に咲いている可憐な花
に赤トンボが羽を休めている。微かな気配を感じて横を見ると、ちょっと尾の長い小鳥
がすぐ近くを歩いていた。老人の鈍い動作を熟知してるかの様に警戒心も見せずに私
に向かってピョコンと頭を下げて挨拶したのである。しかしそれは思い過ごしであった。
小鳥は四方八方に頭を下げているではないか。
『あっ ママ見て 鳥がいるよ』 男の子が母親の手を振り切ってこちらに向かって
駆けて来る。もう一人の女の子も満面の笑みを見せて後からついて来る。
しかし、けたたましい地響きに危険を感じたのであろう、小鳥は小さな羽音を残して
飛び去ってしまった。残っていたのはしょぼくれた白髪の爺さん一人である。子供は
チラッと私の顔を見ると慌てて母親のもとに駆け戻り『ママ見たでしょ、鳥さんが一人
で遊んでいたんだよ』 とスカートを掴んで母親を見上げている。
『鳥さんは一人二人三人と数えるんじゃなくて一わ二わ三わと数えるのよ』とヤンママ
が笑顔で答えると、もう一人のヤンママが『あらっ 一ぱ二わ三ばじゃなかったっけ』
と横から口を挟んだ。それがきっかけでヤンママは子供そっちのけで、ウッソー、ヤダー、
ホントー?、を繰り返しながら通り過ぎて行った。男の子だけがジロッと不審な目で私を
振り返ったので私もジロッと見返してやった。何故なら無理な作り笑いはもっと恐ろしい
顔に成ると思ったからである。
『鉛筆だって1ぽん、2ほん、3ぼんと数えるし、お魚だって1ぴき、2ひき、3びきと
数えるでしょ』と横から口を挟んだヤンママの言葉を思い出して私の好奇心の炎が揺らぎ
出した。
何で数によってぽん、ほん、ぼんと複雑な呼び方をするのだろうか?
早速家に戻り電子辞書で調べようとしても、どうやって調べていいものかフリーズして
しまった。一わ、で見ても一ぱ、で見ても該当無しで指も頭も固まってしまったのである。
こんな時は何時もお酒の力を借りることにしている。程よい熱燗で固まった頭と指をほぐ
しながら改めて辞書に向かい、思い付く言葉をかたっぱしから調べているうちに『わ』の
一文字から『羽』を調べて見ると次の様に書いてある。
『鳥や兎などを数える語、撥音の後では(ば)、促音の後では(ぱ)と成る』
やっぱり困った時は酒を飲むに限る、暗雲のカーテンを開く紐に手を掛けた気分である。
後は撥音と促音を調べればほぼ解決である。
早速『撥音』を引くと『日本語の語中または語尾にあって、1音節をなす鼻音』と書かれ
ている。なんじゃこりゃ? である。
しかし例として平仮名では(ん)、片仮名では(ン)で表すと書いてあったのでようやく
理解できた。
次に促音である。その促音の説明を読んで私の頭は北極や南極でスッポンポンになった
ように、またしても固まってしまった。まずはその説明文を原文のまま紹介する。
『語中にあって次の音節の初めの子音と同じ調音の構えで中止的破裂または摩擦をなし、
1音節をなすもの』
さて、皆様、この文を読んで納得、納得と理解できたでしょうか? 日本語であることは
確かなようですが説明文を理解するために更に幾つもの言葉の意味を調べないと私には
とても理解できません。
幸いなことにこれにも例が載っており『もっぱら』『さっき』のように『っ』で表す。
また、感動詞『あっ』の『っ』で表す音のように、語末で急に呼気をとめて発するものにも
いう、と書いてあったのでようやく分かった次第である。
つまり、小さな『っ』の後は『ぱ』となり、『ん』の後は『ば』と呼ぶ習わしであるらしい。
やれやれ、好奇心は自分の無知のほんの少しは埋めることができるが、満足できる回答が
できないと結構ストレスが溜まるものである。今回も調べれば調べる程次の疑問が出てきて
治まりがつかないが、それは省略し、最後に『羽』の説明文の冒頭に書いてあった『鳥や
兎などを数える語』に疑問を感じたのでその件をお伝えして今回の絞めとさせていただきます。
鳥はいいとして兎を1羽、2羽と数えるのだろうか?・・・昔はそう数えたし今でも使う
ことがあるらしい。兎は(う)だけでうさぎを表しており、さぎは鷺のように白いところから
付け足されたとの説があるそうです。それで鳥と同じく羽と数える遊び心から生まれたのかも知れ
ませんね。
ヤンママのお蔭で秋の夜長を持て余すことなく過ごせたことに感謝を述べたい。
あの、不審な目で睨んだ男の子は別である。