7 一陽来復
◎ お前さん 今年も無事に二人揃って春を迎えることが出来ましたね
★ そうだな 結婚して50年目の春か 今年金婚式を迎えるがお前もよく我慢して我儘な私に付いて来てくれたもんだな
◎ はいはい 50年も歯を食い縛って我慢してきたもんですから今ではすっかり歯がすり減ってしまい顎の骨で物を噛み砕いていますよ
★ ハッハッハッ 怨むんだったらお前のお父さんを怨むんだな 私がお前を嫁に欲しいとお父さんにお願いした時何と答えたと思う?『さっさと連れて行きな 煮るなり焼くなりあんたの勝手にしておくれ』と言ったんだぜ あの時は驚いたな~ 若しかいたらお前は橋の下で拾われた大食いのお邪魔虫女かと一瞬疑ったよ
◎ ひどいわね~ 三条は金物の町で男の気性の激しさと気風の良さは県内一と誰もが認めていたし父はその中でも気の荒い刃物職人だったから杓子定規な挨拶なんか出来なかったのよ
★ 新婚旅行の熱海で買った土産を持ってお前の実家に挨拶に行った時お母さんがそっと教えてくれたよ 私にお前をくれてやると言った晩は大酒を飲んで『春子 春子』と呟きながら涙をポロポロ流していたそうだ これは主人には内緒よって笑いながら教えてくれたよ
◎ あら そうなの 知らなかったわ
★ 男親ってそんなもんさ お前を煮たり焼いたりはしなかったけど私は不器用で時代の流れに上手く乗ることが出来なかったもんだからお前には随分と苦労を掛けたよな よく耐えてくれたよ 感謝してるよ
◎ 煮たり焼いたりされたら困りますから私なりに頑張りましたよ そのせいか今では煮ても焼いても食えない古タイヤのような女に成りましたけどね
★ ハハハハ これからは何事も我慢しないで文句が有ったら遠慮しないで言ってくれ 逆に私を煮るなり焼くなり好きなようにしていいぞ
◎ あら 本当ですか? それなら・・・
★ おい 何だよ急に立ち上がって 顎の骨で私を噛み砕くつもりじゃないだろうな
◎ そんな面倒くさい事しませんよ このフライパンで貴方の頭を一発ぶん殴るだけよ 今迄貴方の後ろ姿を睨みつけながら何度このフライパンを握りしめたことか
★ おいおい 後頭部が禿げたのはお前の念力のせいだな ポックリ寺にお参りしたが そういうポックリは後味が悪いから止めてくれないか
◎ それならどんなポックリがいいの?
★ そうだな~ お前の手を握りながら苦労を掛けたことを詫び 感謝の気持ちを伝え お前と暮らせたことが何よりの幸せだったと言いながら笑顔でポックリ逝きたいもんだな
◎ それなら気が変わらないうちに今私の手を握ってその言葉を言って下さいな フライパンで殴るのはその後にしますから
★ ハッハッハッ ようやく遅ればせながら我々二人にも一陽来復の陽が射して来たと思ったら早くもフライパンと共に去りぬか
◎ イタタタタ
★ おいどうした?
◎ フライパンを振り上げたら自分の頭に当たっちゃって アイタタタタ
★ ハハハハ 一陽来復後も一喜一憂しながら残りの人生を楽しもうじゃないか
◎ 笑ってる場合じゃないでしょ 頭の骨にひびが入ったかも知れないわ アイタタタ
★ 顔は笑ってるじゃないか お前の下手な演技なんかとっくにバレバレだよ
◎ ばれたか~~~
ハハハハ ハハハハ ハハハハ ハハハハ
おわり