白髪の王子様の会話ドラマ 時空神社シリーズ 谷風と雷電 ①雷電為右衛門

雷電為右衛門
◎御免下さい 谷風さ〜ん 時空神社からのお知らせで〜す
谷風さ〜〜ん 留守なら留守と返事してくれませんか〜〜〜 谷風さ〜〜〜〜ん
☆うるさいな 留守だよ
◎あっ! これわどうもお留守でしたか お留守なのに返事を頂き有難うございます 時空神社から谷風さんにとお預かりしたものがございまして伺いました
☆錠など掛かってないから入りたまえ
◎有難うございます それではお言葉に甘えまして失礼いたします ワッ! 谷風さんは噂どうりの大男ですね 天井を頭で支えているかの様です
☆谷風は留守だと言ったじゃないか 俺は留守番を頼まれた弟子の雷電だよ
◎えっ!! 若しかして貴殿はあの有名な相撲取りの雷電さんですか?僅か三つで虎退治をしてその名を西部に轟かせた雷電さんですよね
☆西部だと? お主誰かと勘違いしてないか 俺は荒野のガンマンじゃないぞ ちょん髷とふんどしの力士だぜ
◎これは失礼いたしました 思いがけず雷電さんにお会いできて興奮してしまいました 雷電さんは虎退治をしたんじゃなくて熊にまたがってお馬の稽古をしたんですよね 
☆それは金太郎だろう 俺を馬鹿にする気かっ 一丁揉んでやるから掛かって来い
◎ワワワ 冗談です ジョークです ユーモアです お近づきのご挨拶代わりの戯れと受け取って下さいませ
☆本来なら捻り潰してミンチにするところだが谷風さんの客人だから今回は許してやろう 谷風さんはもうそろそろ帰る頃だ 其処に掛けて待ちたまえ
◎有難うございます ところで先程雷電さんは谷風さんの弟子だと言っておりましたが それは本当のことですか 私には初耳ですが
☆本当だ 俺は雲州の出で当時京都・大阪・江戸の三か所でそれぞれ独立して行われていた勧進相撲だが縁あって寛政元年大阪で初土俵を踏んだのだ この年の11月に谷風さんと小野川さんが江戸の富岡八幡宮で初の土俵入りをしたと聞いたのでよく覚えているよ その後これからは江戸相撲の時代だと恩師に勧められ 江戸に出て来て谷風さんの部屋に弟子入りしたという訳だ
◎そうですか 大横綱の谷風さんの胸を借りて稽古に励めば強くなるのは当たり前ですよね
☆当たり前なんてそんな甘っちょろいもんじゃなかったぜ 体格でいえば俺のが断然有利な筈なのに何度ぶつかっても腰が立たなくなるまで見事に投げ飛ばされたものよ それを6年間みっちり鍛えられてようやく土俵に上がることを許されたんだ その時には正直誰にも負ける気がしなかったね なんたってガチンコの稽古で横綱の谷風さんと互角の相撲が取れるように成っていたんだから
◎そうですか 稽古場でもいいですから是非そのガチンコの真剣勝負を見たかったですね 長い相撲の歴史の中で今でも相撲フアンが見たいという対戦のトップは谷風さんと雷電さんとのガチンコ勝負なんです しかし同部屋では公式な対戦は出来なかった訳ですね 残念です しかし雷電さんが負ける気がしなかったと言う通り生涯勝率9割6分2厘というを大相撲史上未曽有の記録を達成したのは見事だったですね
☆それも谷風さんのお蔭さ
◎それで黒星はどのくらいあったのですか
☆勝ち星を聞かないで黒星を聞くとはお主も意地が悪いの〜 36場所通算で10敗したよ
◎え〜〜っ 20年以上土俵に上がってたったの10敗ですか 今の横綱は一場所で三つ四つの黒星は珍しくありませんよ それに36場所というのも随分と少ないように思えますが
☆そんなことないさ 年に春と秋の二場所だから二十年でも40場所にしかならないじゃないか それに台風とか地震・大雨・冷害・大火事・飢饉等で中止になることもしばしばだったからそんなもんさ
◎そうですか それに一場所10日でしたから『一年を二十日で暮らすよい男』なんて川柳で皮肉られたんですね
☆実際には各地を巡業したり神社仏閣から呼ばれて勧進相撲を披露したりと結構忙しいもんだったよ
◎それでも それだけの収入では食べるのがやっとの苦しい生活だったのではないのでしょうか なにしろ力士が集まれば一俵の米俵もあっという間に無くなり さっきまでモ〜モ〜・ブ〜ブ〜鳴いてた牛や豚もいつの間にか骨だけになってしまうと聞いてますので
☆怪獣のような言い方するなよ 相撲は武芸としても評価されていたので多くの力士は各藩のお抱え力士として禄を頂いていたんだ この俺も松江藩のお抱えとなり禄は勿論『雷電』という由緒ある四股名を頂いたのさ
◎それでは明日食べる食事の心配もなく思う存分試合に専念できた訳ですね ところで雷電さんが座っても顔を見上げるのに首が痛くなりますが雷電さんの座高はどの位あるんですか
☆おい 座高なんか聞かずに身長を聞けっ 小学校の身体検査だって最近は座高なんか調べないそうだぞ
◎失礼しました 身長 体重は如何程でしょうか 
☆身長は197センチ 体重は170キロだ 何か文句あるか
◎いえいえ文句などとんでもありません ただ馬鹿でかいと感じただけです ところで雷電さんには禁じ手があったと聞きますが本当ですか
☆あゝ 対戦相手が次々と負傷するもんだから張り手とてっぽう突き 更にはかんぬきと3技の使用を俺だけ禁止されたんだ ひどい話さ
◎馬鹿力も度を越えるとマイナスになるんですね でも仕方ないでしょう 古今東西雷電さんを超える体格の力士はいなかったのですから
☆そんなこと無いさ 俺と同じ雲州の出身で釈迦ケ嶽という力士は身長227センチで 体重は180キロもあったんだ 深川の富岡八幡宮に等身大の碑が立ってるよ 地上に戻ったら見て御覧よ 谷風さんがまだ若い頃に対戦して一勝一敗の五分だったというからそうとう強かったんだが26歳の若さで現役のまま突然死んでしまった 後日談だがその釈迦ケ嶽が死んだその日はお釈迦様の命日だったということで奇妙な巡り合わせとして巷の評判になったものさ
◎背筋がゾッとするようなお話ですがその釈迦ケ嶽さんの碑が立ってるという富岡八幡宮でも背筋がゾッとするような事件が起きまして 宮司が身内の元宮司に日本刀で切り殺されまして元宮司も自殺した為富岡八幡宮の存続が危ぶまれております
☆何ということだ 相撲の歴史において欠かすことの出来ない相撲の聖地として崇められている由緒ある神社なのに
◎そうなんですか 何故富岡八幡宮がそんなに相撲界にとって重要な神社となったんですか
☆娯楽の少なかった江戸時代において相撲と歌舞伎と遊郭が三大娯楽でな 特に相撲は女や子供までが熱中する程人気が高くて出店まで並んで祭りの様に賑わっていたそうだ そこで席を争う喧嘩や取り組みに金を掛ける賭博にヤクザや浪人共が加わり 切った張ったの乱暴沙汰が頻繁に起こるように成ったことから幕府が相撲の興行を禁止してしまったんだ 相撲を行う度に死人が出るようじゃ幕府も放っておけなくなったんだろうな
◎そんなに人気があったんですか そんな庶民の娯楽に付け込む悪い奴らは何時の時代にも居るんですね
☆あゝ そんな奴らのために我々相撲取りの先輩はその後38年間も土俵に上がることが出来なかったんだ その間相撲関係者が何度も幕府に嘆願してようやく富岡八幡宮で年に二度の勧進相撲が許可されたんだよ このお蔭で藩のお抱えがない相撲取りでも安定した収入がえられるよになって権力に左右されないガチンコの相撲が取れるようになったという訳だ だから富岡八幡宮は現代相撲の発祥地として崇められてきたんだ
◎そうですか それでは谷風さんも雷電さんもその富岡八幡宮で真剣勝負の相撲を披露したんですね
☆勿論だ しかし境内と言っても屋根はないから大雨でも降れば中止になる だから10日の予定が7日になったり3日になったり ひどい時などはまるまる中止となることもあったね 土俵の四隅に俵の一部が外に出ている部分があるだろ 
◎はいはい あれはたしか徳俵と呼ばれて今の土俵にもあります
☆あれは屋外で相撲が行われていた我々の時代に大雨が降った時に土俵に溜まった水を外に逃がすためのはけ口なんだよ あれがないと雨が降ったあとの土俵は金魚でも泳げる池になってしまうからだ
おっと あの足音は谷風さんに違いない どうやら帰って来たようだから迎えに出るとしよう
◎それでは私も一緒にお迎えにいきましょう よろしいですか
☆どすこい どすこい

つづく